小説

小説|予熱 ― 配信が終わったあと、もう一度マイクに向かうまでの話


配信、終わり。

画面の隅っこにある「終了」を押した瞬間、部屋がしん、と静かになる。

さっきまであんなに賑やかだったのに。

コメントが流れて、スタンプが飛んで、誰かが「わらったw」って打ってくれて。

それが全部、一瞬で消える。

嘘みたいに静かな部屋に、パソコンのファンがぶうん、と低く唸っている。 機械だけが関係なく動いてる。

ヘッドホンを外すと、耳がじんわり熱い。 二時間もつけてたから、汗で少し湿ってる。

なんか、急にひとりだなって思う。


机の上は相変わらずごちゃごちゃしてる。

マイク。ミキサー。よくわかんないコード類。飲みかけのペットボトル。

全部、さっきまで「配信」のためにあったもの。

でも今は、ただの物体。

光らないし、音も出ない。

自分の部屋なのに、急によその部屋みたいな感じがする。


なんとなく、さっきのコメント欄を遡ってみる。

「今日も声聞けてよかった」 「なんか元気でた」 「おつかれー」

ありがたいな、と思う。

思うんだけど。

……本当に届いてたのかな。

俺の声。俺がしゃべったこと。

画面の向こうで、どんなふうに聞こえてたんだろう。

温かかったのかな。 それとも、ただの音だったのかな。

わかんない。

わかんないまま、毎回終わる。


椅子の背もたれに体を預けて、天井を見る。

蛍光灯が少しチカチカしてる。そろそろ替えなきゃ。

こういう時間が、いちばん変な気持ちになる。

配信中は関係ない。 しゃべって、笑って、コメント読んで、忙しいから。

でも終わった瞬間、急に静かになって、自分の呼吸の音がやたら近くなって。

「あれ、俺なにしてたんだっけ」って。


……思い出す。

自分が「見てる側」だった頃のこと。

もう何年も前。 なんにもうまくいかない時期があった。

学校も、家も、なんかぜんぶしんどくて。

笑い方、忘れたのかなって思う夜があった。

そういう夜に、たまたま開いた配信があった。

別に有名な人じゃなかった。 ゲームしながら、ぼそぼそしゃべってるだけ。

特別なこと、なんにも言ってなかった。

でも。

なんか、そこに人がいるっていうのが、すごく近く感じた。

画面の光だけが部屋を照らしてて、イヤホンから誰かの声が聞こえてきて。

それだけで、ちょっと息がしやすくなった。

あの人も、配信終わったあと、こうやってひとりで座ってたのかな。

ヘッドホン外して、静かになった部屋で、天井とか見てたのかな。


受け取ったもの、あるんだよな。

確かにある。

だから返したい。

俺も誰かに、同じものを。

でも、どうやって?

「ありがとう」って言えばいいの? 「届け」って叫べばいいの?

……違う気がする。

そういう言葉じゃ、足りない。

なんていうか、もっとこう。

うまく言えない。

言えないんだけど。

言えないまんまでも、投げたいんだよ。

この、もやもやしたやつ。 かたちにならない、なんか温かいやつ。

届かないかもしれない。 誰にも届かないで、暗闇に消えるかもしれない。

でも。

投げることやめたら、もっと届かない。

それは確かなんだ。


だから俺は、こうやって毎晩、機材の前に座ってる。

マイクに向かって、ひとりでしゃべってる。

画面の向こうに、誰かがいるって信じて。

いや、信じてるっていうか……なんだろう。

祈ってる、のかもしれない。


俺の声が。

この不器用な声が。

誰かの夜の隅っこに、ころん、と転がっててくれたらいいなって。

邪魔にならない程度に。

でもふとした時に、思い出してもらえる程度に。

「あ、なんかあったな」って。

それくらいでいいから。


時計を見る。

深夜二時。

……まだ関係ないな。夜はこれからだ。

パソコンの画面に手を伸ばして、配信ソフトをもう一回開く。

チャット欄は空っぽ。

まだ誰もいない。

でも、ここに来てくれる人がいる。

いつもの人かもしれないし、たまたま迷い込んだ人かもしれない。

どっちでもいい。

その人の夜に、俺の声を置いていきたい。


ヘッドホンをまた装着する。

じわっと温かい。まだ熱が残ってた。

自分の呼吸がまた、耳のすぐそばに聞こえる。

開始ボタンの上に、カーソルを置く。

指が少し震えてる。

毎回そうだ。慣れない。

でも、それでいい。

緊張してるってことは、ちゃんと投げようとしてるってことだから。


よし。

深呼吸。

画面の向こうの、まだ見えない誰かに向けて。

心のなかで、ひとりごとみたいにつぶやく。

──今夜も、神回にしような。

カチ、と小さな音がして。

画面が、明るくなった。


【了】


ABOUT ME
渋沢A壱
渋沢A壱 動画編集者/オンライン教育サポーター/ウェブディレクター/著者(執筆中) TikTokライブを日々コツコツ続けながら、リスナーとの交流や配信の工夫を地道に研究しています。 動画編集や配信ノウハウを初心者にもわかりやすく毎日発信し、同じように頑張る配信者の方々からも支持をいただいています。 現在は、人生や思考の新しい視点を探る書籍の執筆にも取り組んでおり、多角的な考え方を発信しています。 👉 TikTokライブはこちら 👉 X(Twitter)はこちら ライブ配信では、この記事のテーマをはじめ、配信運営のコツや視聴者との交流法を日々深掘り。 興味があれば、ぜひ気軽に遊びに来てください。
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