
TikTokLIVEで見えた「信用の源泉」という話

人は、正しいものを信じるわけじゃない。
信じたいことを、正しいことにする。
配信の世界にいると、この瞬間を何度も見る。
今日は、誰かを責める話ではない。
嫉妬でも、愚痴でもない。
「信用の主語」を間違えると、感情がズレる。
その構造の話をしたい。
まず事実を整理する

登場人物はシンプルだ。
・配信者の僕
・コラボ相手のAさん
・僕のリスナーだったBさん(現在はAさんの枠でモデレーター)
・それぞれのリスナー
僕はAさんとコラボをしている。
僕の枠で出会ったBさんは、その後Aさんの枠でも活動し、モデレーターになった。
そしてBさん自身も配信者だ。
ある日、AさんとBさんがバトルをした。

そのとき、AさんのリスナーはAさんを応援していた。
それを見て、Bさんは愚痴をこぼした。
ここで、違和感が生まれる。
Aさんの枠の主語は誰か

Aさんの枠にいるリスナーは、なぜそこにいるのか。
Aさんを応援したいから。
Aさんの配信が好きだから。
Aさんの空気が心地いいから。
つまり、その空間の主語はAさんだ。
そこに集まったリスナーは、Aさんの信用で集まっている。

その土俵でバトルをするなら、
AさんのリスナーがAさんを応援するのは自然な流れだ。
怒る理由は、本来ない。
ここで重要なのは、
「どの空間の信用で成り立っているか」を見ることだ。
信用には“源泉”がある

信用は空気のように見える。
でも実際には源泉がある。
・継続してきた発信
・守ってきた約束
・作ってきた雰囲気
・積み上げてきた時間
それらが信用を生む。
信用とは、再現性だ。
一度人が集まったことではなく、
また同じことを起こせる力。
Aさんの枠で人が集まるのは、
Aさんが積んできた履歴があるからだ。
そこに立っているなら、
まずその源泉を認める必要がある。
なぜ怒りが生まれるのか

Bさんが感じたであろう違和感は、
ある意味で自然だ。
自分も配信者。
自分も努力している。
自分も応援されたい。
でも立っている場所は、Aさんの枠。
ここでズレが生まれる。
「自分を主語にしてしまう」ことだ。
Aさんの土俵で戦っているのに、
自分の土俵の感覚で評価を求めてしまう。
信用の主語が曖昧になると、
怒りの向きも曖昧になる。
これは配信だけの話ではない

会社でも同じことが起きる。
社長の信用で人が集まる。
ブランドの力で案件が取れる。
その中で成果が出る。
すると途中からこう思う。
「この成果は自分中心で回っている」
でも、源泉はどこか。
ブランドか。
社長か。
自分か。
そこを見誤ると、
顧客がブランドを評価したときに不満が生まれる。
構造は同じだ。
立場が二重になると混乱する

Bさんの立場は二重だ。
・Aさんの枠ではモデレーター
・自分の枠では配信者
この切り替えが曖昧になると、感情が混乱する。
Aさんの土俵に立っているときは、
その空間の信用を借りている立場。
自分の枠に立ったときは、
自分の信用で勝負する立場。
この違いを自覚していないと、
「なぜ自分が応援されないのか」という不満が生まれる。
でもそれは、怒る相手を間違えている。
借りることは悪ではない

誤解してほしくない。
誰だって最初は、誰かの信用の上に立つ。
コラボで広がることもある。
紹介で伸びることもある。
それは自然な流れだ。
問題は、それを自分の信用だと錯覚すること。
借りた信用は、
持ち主が動けば揺れる。
だからこそ、
「源泉はどこか」を常に意識する必要がある。
自分の信用を積むということ

結局のところ、問われるのはここだ。
自分の名前で人が集まるか。
自分の言葉で人が動くか。
自分の枠にいる人が、
自分を主語にして応援してくれるか。
これが自分の信用だ。
他人の枠で起きている現象は、
他人の信用の上にある。
それを認めた上で、
自分の信用を積む。

怒るより、積む。
それしかない。
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